夏休みのプール開放から・・・ -やらされれる勉強を自ら取り組む学びに!-8月5日(金)をもって、本年度のプールを使った学習が終わりました。子供たちの努力、保護者の皆さまのご理解とご協力を得て、本年度も大きな事故なく無事に終えられたことにまずもって御礼申し上げます。ありがとうございました。また、万が一を考え例年行っている救急救命法の研修、指導法や健康面を中心にした子供たちに係る留意事項の確認等、細心の注意をもってTeamとして組織的に指導にあたった深谷小学校の教職員にも感謝しています。「無事に終える」という当たり前のことを果たすことの厳しさを改めて感じています。
さて、1学期中の体育の授業中でも水泳に対しての子供たちの取組は本当に前向きだと思っていましたが、夏休みのプール開放に通ってきた子供たちは更に主体的に「泳ぐ」という学習に取り組んでいたと感じました。わざわざ学校まで来るということも暑さを考えれば子供たちにとって楽なことではないと思いますが、その上に「泳ぐ」という学習に取り組むわけです。大変なのではないのかなという私の危惧とは正反対の主体的に学ぶ子供たちの姿が、深谷小学校のプールにはいつもありました。
検定で自分の目指す級での合格を目指すという明確な目標をもっている子も多かったようですし、そうでなくても今の自分より少しで上手に・長く・速く泳げるようになりたいという純粋な向上心をもっていると、プールに足を運び子供たちの様子を見るたびに感じていました。誰かとの競争するというところもあまり感じられませんでした。ただ自分を伸ばそうという取組のようで、私には本当に眩しく見えました。
-やらされる仕事を自らやる仕事に変えた時、苦しみは喜びに変わる-私が先輩からよく言われていた言葉です。「学ぶ」ということは本来、興味・関心や向上心に基づき主体的に取り組むものだったはずです。プールで見せてくれていた子供たちの姿がまさにその主体的に「学ぶ」姿であったように感じています。それが、勉めて強いられるという「やらなければならない」「やらされる」勉強になりすぎているのかもしれないと感じます。確かに「勉強」は必要です。大変でも苦しくても頑張ってやりきらなければならない面もあります。しかしそれであっても、やりきった満足感や充実感といった喜びを味わわせ、前向きで主体的な「学び」につなげていきたいと考えています。
夏休みは宿題という「勉強」もあります。しかし、宿題をやるだけにしては夏休みは長すぎます。プールで見せてくれたような、
自分を伸ばそうという向上心、分かる・できるようになる楽しさ(知的好奇心)を発揮する自ら取り組む「学び」にも、深谷小学校の子供たちが取り組んでくれることを、切に期待しています。